ハナダカバチ(ニッポンハナダカバチ)

Bembix niponica F.Smith, 1873 

ドロバチモドキ科 

体長・20mm前後 

分布・北海道、本州、四国、九州(屋久島まで)

環境省レッドカテゴリ・絶滅危惧Ⅱ類 

黄色と黒の縞模様をもつ、典型的なハチの姿をしたハチ。顔を正面から見ると、三角形の上唇が下側に突き出しており、これを鼻に見立てて鼻高蜂と名付けられたらしいが、むしろそれでは鼻の下伸ばし蜂ではなかろうか。

海岸や河川敷など、開けた砂地の広がる環境に特異的に生息する。メスは単独で砂地に巣穴を掘り、幼虫を保育する。本種は「狩人蜂」の一種で、他の昆虫を毒針で刺して麻酔したものを巣に運び込み、幼虫に食わす。

一般的に、営巣場所としては海岸の砂浜や河川敷の砂地が好まれるが、稀に内陸部の人工的な砂場などでも突発的に営巣が認められる。一匹のメスが一巣を作るが、本種にとって好適な営巣条件を備えた場所は限られるため、必然的に一カ所に複数個体のメスが集まり、集団営巣の体をなす場合が多い。地面に対して斜めに深さ数十cmの巣穴を掘る。

砂を掘る際には、ゴリラが手の甲を地面につけて歩く時のように、前脚の先端(跗節)を内側に折りたたんで掘る。これは本種に限らず、地中に営巣する多くのハチ類に見られる行動。

営巣の完了したメスは、巣口に砂を被せて戸締まりした上で飛び去り、近隣で獲物を狩ってくる。本種の獲物は様々な種のハエやアブで、およそ体長1cm以上のものであれば種は問わないように思える。飛んでいる獲物を空中でかすめ取る事もあれば、ヤブカラシなどの花に来ている獲物を襲うこともある。いずれにしても、捕まった獲物はその場で毒針を打たれて麻痺させられる。ファーブル昆虫記によれば、ヨーロッパ産の近縁種は捕らえた獲物を、持てる爪とキバと毒針全てを動員して殺してしまうとある。しかし、私が野外で観察した限りでは、日本産種は間違いなく毒針だけを使って麻痺させている。ハチに手渡しで獲物を渡してみると、毒針は獲物の喉元に打たれるのが見て取れる。

仕留められた獲物は、速やかに巣へと持ち帰られる。メスは巣穴の最奥に作られた部屋に獲物を置き、それに1個の卵を産み付けた後、巣を戸締まりして外出ししばらく戻らない。巣内の卵は数日で孵化し、幼虫はメスが用意した獲物を食い始める。この頃になると、再びメスが獲物を狩って戻り、巣へ搬入するようになる。一般的に、本種を含む「アナバチ類」の狩人蜂は、巣穴に獲物と自身の卵を封印した後は二度と戻らないため、親子の物理接触がない。しかし、ハナダカバチの仲間では幼虫への給餌行動を介して、親子の接触が起きる。これを、ミツバチやスズメバチのような真社会性の前段階にある状態と考える向きもある。

ハナダカバチがハエを捕らえる戦法は巧妙で、私は獲物から数cm離れた空中でしばらくホバリングして一気に突撃する方法と、獲物が止まっている花の脇を通り過ぎるふりをして、突然獲物の方向に軌道修正して襲いかかる方法を確認している。なお、ハナダカバチの狩りを観察していると、数回に一回の割合で獲物を抱えたまま近くの草葉上に止まり、細く鋭い口器を獲物の喉元(ちょうど毒針を刺した辺り)に突き刺すようにして舐める行動を見せる。これを行った後の獲物は、必ずその場にうち捨てられる。恐らく、タンパク質を摂取して次の産卵にひかえる行動と思われるが、不明。


営巣に適した自然の砂地環境が、開発等により狭められている。そのような中、公園や学校の砂場といった人工的環境に突発的に発生・営巣する場合があり、本種にとって駆け込み寺的な場となっている。しかし、その場合でも「ハチが飛んでいて危ない」と言われて、本来人間には危害をなさないこの希少種が駆除されることも珍しくない。


※引用文献

後日追加。

精霊の庵 - 無名の絶滅危惧昆虫

環境省レッドリストに掲載された、800種余りの絶滅危惧昆虫たち。そのうち過半数を占めるのは、小さくて地味で取るに足らない外見のハエ、ハチ、カメムシ、ガ、ハナクソサイズの甲虫など。図鑑にさえしばしば載らず、一般に存在も知られぬまま滅び行く、小さき者達の集う場所。